范蠡(はんれい)は 「22年にわたり呉を謀り、19年のうち三たび千金を得た」と伝えられます。春秋時代の著名な策略家・経済学者であり、司馬遷は「范蠡三たび移り住み、天下に名を成す」(范蠡三徙 成名于天下)と評しました。経済学界で 「経営の神」と称される范蠡研究は、その経済思想を深く探求すべきです。
近年の「観光ブーム」が「歴史的有名人ブーム」を招き、范蠡(はんれい)は争奪対象に:
▷ 南陽(河南省)は淅県(せきけん)に墓が存在すると主張
▷ 定陶(山東省)は陶朱公(とうしゅこう)が「陶にとどまる」―肥城陶山(ひじょうとうざん)埋葬説を強調
▷ 安徽(あんき)省渦陽(かよう)は范蠡と西施(せいし)合葬墓を保有
▷ 浙江(せっこう)省諸曁(しょき)は明代張夬(ちょうかい)の『苎羅志(ちょらし)』で中国世界遺産登録を認定
各都市は歴史文化開発に全力を挙げています。 無錫(むしゃく)市には范蠡の経済思想を研究着手点とし、無錫商工業文化形成への影響を探究することを提言します。
I. 経済史上における范蠡(はんれい)の位置付け
「陶(とう)の地に入り朱公(しゅこう)となる」范蠡は 商業の始祖 と崇められ、民間では 文財神(ぶんざいしん) として祀られます。 史書に記載された最初の商人 という特筆すべき地位を持ちます。東アジアでは范蠡の経営思想を研究する学者が多く、日本の経営学博士・酒井甫(さかい・はじめ)は彼を 「世界経営学の先駆者」 と評しました。一部の大学では 「范蠡経営学」 の講座までも開講しています。
范蠡(はんれい)は 経営智恵の象徴です。著作は散逸しましたが、『史記』『国語』『越絶書』『呉越春秋』に言行が散見されます。一方「陶朱公(とうしゅこう)」仮託の作品が多く:
▷ 漢代:『養魚経』
▷ 明末清初:『致富奇書』(『農圃六書』)
▷ 最も著名:**『陶朱公商十八法』 および 『陶朱公商訓』**(財産管理12則・12戒)
『十八法』は "資本" "工作" 等の近代用語が現れる文白混交体で、清末・民初の作品と推定されます。こうした仮託は范蠡の影響力を借りつつも、中国封建社会における商人軽視や清朝の文字獄の背景がありました。
范蠡は春秋時代の重要人物です。河南・山東では「儒商」と呼ぶ者がいますが、これは誤りです。端木賜—子貢こそ中国最古の儒商であり、商業実績は范蠡に遠く及びません。後世が商業を「陶朱の事業、端木の生涯」と称したのもこのためです。
百家争鳴の時代、儒家は諸国で重視されず、范蠡は文子に師事。文子の師は老子であるため、范蠡は道家系統に属します。『太平広記・神仙伝』に老子が「越では范蠡、斉では鸱夷子、呉では陶朱公となる」との説が記されます。
1973年12月、長沙馬王堆で出土した『黄帝四経』には『国語・越語下』の范蠡言論が引用され、研究では彼が道家「黄老之学」学派の創始者と指摘されます。古代の「道」は治国の術・道徳・伝統に加え客観的法则をも包含し(道教のみに非ず)、范蠡と文子は主に政治闘争の法則、農事の周期律、商いの原理を研究。
II. 范蠡(はんれい)の経済思想—商工文化の源流
范蠡(はんれい)の経済思想は、巨視的には経済による治国、微視的には価格形成理論、さらに多岐にわたる経済倫理を含みます。主な体系は以下の通りです:
1. 民の富強化と軍備増強
范蠡は紛争を認識すれば備えが必要と主張し、戦争を単なる軍事対峙を超えた国力の競争と見做しました。越国の十年に渡る蓄積期間、彼は勾践王に献策しました: 「季節のリズムに従って農業生産力を維持し、豊作と人口増加を確保せよ;災害を避けるため公共の害を除去せよ;農地を開墾し国家倉庫を満たせ」(国語: 越語下)。
史記記載: 「十年の改革の末、越は繁栄した。豊かな恩賞により兵士は渇きを癒すが如く戦場に突撃し、ついに強大な呉を打ち破った」。越の勝利は民の豊かさと国の強さの基盤に由来するものでした。
2. 農と商の並行利益
封建社会の四民(士農工商)階層で商人は最下位でした。范蠡(はんれい)は農商を対等に重視し、「土地活用で統治せよ」「民を遊ばせるな」と主張。その理論:
"米価安は農を害し、高は商を害す。商害は富の流れを止め、農害は田を耕作せず。"
解決策:
"価格安定政策で双方を利し、市場の豊かさを保て—これこそ治国の道なり。"
范蠡は「平糶法(へいちょうほう)」 を創設。国家が穀物価格の上限・下限を設定する制度で、この親商業政策が経済発展を促進しました。彼の格言—「夏は皮衣に、冬は絹に投資せよ;旱魃時は舟に、洪水時は車に投資せよ」—が越国の商業的繁栄を推し進めました。
3. 時機分析による市場予測
范蠡(はんれい)は「時節を観察し商品を循環させる」原則で市場予測を体得。『史記』は「時と競い人を責めず」と記し、気候・需給・価格変動の相関性を研究しました。彼は農業周期を予測:豊作6年、凶作6年、12年毎に大災害が発生すると。
この予測を活用し越国は干魃時、呉の穀物を高値で買い付け、呉国内乱を誘発:
「...戦わず三年包囲するだけで呉軍は自壊した」。これは卓越した非対称戦争戦略でした。
范蠡の商業原則:
· 「価格が頂点に達すれば反転して底値へ、底値を打てば反騰して頂点へ」
· 「安い時に買い、高い時に売れ」
· 「過小評価品は真珠の如く入手し、過大評価品は土芥の如く処分せよ」
· 一割利を目指す薄利多売
· 資本回転加速による遊休資金防止
彼は自身の命運すら予測し、成功後に隠退しました。
4. 富をもって道徳を実践する
史記は范蠡が三たび千金を得た後、「貧しい友人と遠縁の親族に分け与えた」と伝えます。この行為が後世の商人に利と義を兼ね備える手本を示しました。
范蠡(はんれい)の富創出術により、子孫は巨万の富(『史記集解』注「巨万」は1億単位)を築きました。その経営哲学は近代無錫(むしゃく)実業家の崇拝の的でした。栄徳生(えい・とくせい)は『楽農自訂行年紀事』に記述:
「陶朱公の商学—『過小評価品は藁(わら)の如く入手し、過大評価品は土芥(どかい)の如く処分せよ』—に従い、私は勤倹を旨とし平静心を以て補う。古語を守り経営する事業は利多く害少なし」
「これを社会より省へ、省より国へ、国より国際へと推し進め、経済変動を密察。相場の変動を会得し、管轄する全てを的確に指揮できた」
「陶朱公の的中し続ける予見は決して偶然ではないと悟った」
蠡園(りえん)の命名は栄氏の提案によるもの。梅園(ばいえん)には「揖蠡亭(ゆうれいてい)」が、黿頭渚(がんとうしょ)の「陶朱閣(とうしゅかく)」は1925年無錫商会が「陶朱公」を祀るために建立しました。
近代無錫(むしゃく)の実業家たちは范蠡(はんれい)思想に淵源する美質を継承:天下への責任意識、実業による救国、経営管理の卓越性など。特に慈善義塾設置、橋梁・道路建設、公園整備といった 「富みて義を行う」実践は社会風潮となった。民国期の 「富による教育振興」 は無錫の特徴として顕著で、一地域に20校超の実業家立学校が存在。銭穆(せんぼく)が指摘:「無錫人は利益より名誉を重んじる。上海での工場経営で成功した者は必ず故郷に私立学校を設立し、地域教育を推進した」(『八十憶双親・師友雑憶』より)
III. 陶朱公(とうしゅこう)商業箴言(しんげん)の深層研究
中国古代の商業的成功は「陶朱遺風(とうしゅいふう)」と呼ばれ、経営理論は「陶朱術」と称されました。『陶朱公商十八法』と『陶朱公商訓』は初期の商い経典で、商人らが経営法則と戦略を体系化したものです。これらは范蠡の経済思想が商工業文化へ移行する際の「過渡的媒体」として機能しました。両文献は商業文化かつ大衆文化ですが、現存テキストに固執せず歴史的検証を要します。成立時期の考証が必須であり、現史料から判断して経済先進地域の繁栄期に成立したと推定されます。特に『商訓』に古字「餂(てん、'むさぼる')」が使用されている点から、より古い成立年代の可能性が示唆されます。
《陶朱公经商十八法》:
生意要勤快,切勿懒惰,懒惰则百事废。
接纳要谦和,切勿暴躁,暴躁则交易少。
价格要订明,切勿含糊,含糊则争执多。
账目要稽查,切勿懈怠,懈怠则资本滞。
货物要整理,切勿散漫,散漫则查点难。
出纳要谨慎,切勿大意,大意则错漏多。
期限要约定,切勿延迟,延迟则信用失。
临事要尽责,切勿放任,放任则受害大。
用度要节俭,切勿奢侈,奢侈则钱财竭。
买卖要随时,切勿拖延,拖延则机会失。
赊欠要识人,切勿滥出,滥出则血本亏。
优劣要分清,切勿混淆,混淆则耗用大。
用人要方正,切勿歪斜,歪斜则托付难。
货物要面验,切勿滥入,滥入则质价低。
钱账要清楚,切勿糊涂,糊涂则弊窦生。
主心要镇定,切勿妄作,妄作则误事多。
工作要细心,切勿粗糙,粗糙则出劣品。
说话要规矩,切勿浮躁,浮躁则失事多。
《陶朱公商训》:
理财致富十二则
一是能识人。知人善恶,账目不负
二是能接纳。礼文相待,交往者众
三是能安业。厌故喜新,商贾大病
四是能整顿。货物整齐,夺人心目
五是能敏捷。犹豫不决,终归无成
六是能讨帐。勤谨不怠,取行自多
七是能用人。因才是用,任事有赖
八是能辩论。生财有道,阐发愚蒙
九是能办货。置货不苛,餂(通舔)本便经
十是能知机。售贮随时,可称名哲
十一是能倡率。躬行以律,亲感自生
十二是能运数。多寡宽紧,酌中而行
理财致富十二戒
一勿鄙陋,应纳无文,交关不至。
二勿优柔,胸无果敢,经营不振。
三勿虚华,用度无节,破坏之端。
四勿强辩,暴以待人,祸患难免。
五无懒惰,取讨不利,账目无有。
六勿轻出,货物轻出,血本必亏。
七勿急趋,货重争趋,需防跌价。
八勿昧时,依时贮发,各有各道。
九勿固执,拘执不通,便成枯木。
十勿贪赊,贪赊多沽,承卖莫结。
十一勿薄蓄,货贱贮积,回复必速。
十二勿痴赁,优劣不分,贻害非浅。